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多彩なOBがいます
岡田彰布先輩

1957年生まれ。
明星中学から1972年に北陽高校へ入学。卒業後は早稲田大学へ進学するが、そこでも数々の成績を残し「田淵以来の大物」と騒がれ、プロの全球団から注目されるドラフトの目玉となる。

かねてから熱望していた阪神入りを果たした後は、1年目からレギュラー二塁手として打率2割9歩、18本塁打、54打点という堂々たる成績を残してその年の新人王に輝く。
1985年には、4月に伝説のバックスクリーン3連発の締めを飾ると、そのシーズンは打ちまくり、打率3割4歩2厘、35本塁打、101打点という自己最高の成績を残して阪神を優勝に導いている。

現役引退後はオリックスのコーチ、阪神の2軍監督を経て2004年、阪神新監督に就任した。
北陽硬式野球部の活躍を陰ながら応援し、夏の大会を迎えるときにはいつも差し入れをしてくれる優しい兄貴である。

西村昭宏先輩

1958年生まれ。
全国選手権に北陽が初出場、初優勝した年の1974年に入学。1年生のインターハイの際に負傷して以来、高校でのサッカーをほとんど棒に振るが、逆境によく耐え、ひたむきにリハビリと練習を続けた。卒業後は大阪体育大学へ進学し、その後ヤンマーディーゼルへ入社。

11年間にわたってヤンマーサッカー部の選手として活躍し、148試合出場、3得点、6アシスト。83・84年にJSLカップ優勝。82年には年間優秀11人賞を受賞。1980年〜87年まで日本代表選手であった。

1991年からは指導者として、ガンバ大阪やユース日本代表、セレッソ大阪等のコーチ・監督を歴任。後進の指導・育成に力を注いできた。
2004年、京都パープルサンガの監督を辞めてからの数ヶ月間、母校のサッカー部特別コーチを務め、後輩思いぶりを存分に発揮してくれている。

活躍するOB達
小西浩文先輩

1962年生まれ。
北陽高校では登山部に所属し、本格的に登山を始める。

20歳で果たしたバミールのコルジェネフスカヤ(7105m)の登頂を皮切りに、30以上もの海外遠征登山を経験。「山を肌で感じるためには、自分の肺と心臓で登るしかない」を身上とし、無酸素単独登頂にこだわり続けている。

1982年のシシャバンムから1997年のガッシャブルムまで、8000mを超える14座のうち、6座の無酸素登頂に成功。(日本人としては小西1人である)

現在は講演やアドバイザリースタッフなど各方面で活躍しながら、世界で3人目となる8000m峰全14座の無酸素登頂を目指している。

楠本繁生先輩

1964年生まれ。
サッカー少年であったが、その大きな手と恵まれた身体能力を見込まれ、北陽高校ではハンドボール部へ入部。

瞬く間に技術は向上し、2年時には大阪ベスト4に進出。近畿大会へ出場した。その後、大阪体育大学へ進学。3年次にはインカレ優勝、楠本は最優秀選手に輝くなど、華々しい成績をおさめた。

卒業後は、目標であった体育教師の道を選び、京都府立洛北高校へ赴任。自らも選手としてユニバーシアード大会や国体に出場し、京都教員のエースとしてその名を全国に轟かせると同時に、洛北高校女子ハンドボール部監督として、チームを15年連続インターハイに出場させ、全国制覇4回の偉業を成し遂げている。

活躍するOB達
林直樹先輩

1973年生まれ。
北陽ではハンドボール部に所属。クラブと勉学の両立に励んだ。しかし1年目の大学挑戦は失敗。進路目標を歯科技工士の専門学校に切り替える。

大阪歯科大学付属技工士専門学校を経て国家資格を取得し、歯科技工所に就職。6年間修行をし、数々の歯科技工コンテストで最優秀賞を受賞。アメリカ歯科学会から招かれ、2000年渡米する。

当初は言葉や文化の違いに戸惑ったが、今やそのビジネス環境にも慣れ、歯科学術誌に次々と論文を発表。日本からをはじめ、アジア、北米、南米、ヨーロッパからも招待され、歯科技工士技術や医療への考え方等の指導、講演などの活動も幅広く行っている。

小笠原真一先輩

1977年生まれ。
北陽では特進クラスに在籍。近畿大学に進学し、卒業後ゲームソフト会社に就職。25歳で退社し、小学館コミック新人賞に1年間アタックし続ける。

そして2003年、小学館コミック新人賞を受賞。翌年、サンデーまんがカレッジにて、「栄養専門学校」が努力賞を受賞する。

これが足がかりとなり、2005年”小笠原 真”のペンネームで少年サンデーに「兄ふんじゃった」の連載を開始。同年8月には文庫本も発刊し、注目度bPの若手人気漫画家として確かな一歩を歩みだしている。

活躍するOB達
服部泰平先輩

1978年生まれ。
北陽高校では2年次から英国クラスに所属。

追手門学院大学卒業後、「切手のない手紙」(文芸社)を自費で出版する。
その後執筆した、「誘拐の長い午後」が第二回U−30大賞、第一回古本小説大賞奨励作品賞、第一回USEN朗読文学大賞奨励賞を受賞する。

「切手のない手紙」はリメイクされ「ずっと逢いたかった」というタイトルになったが、これが松本幸四郎他のキャストでテレビドラマ化され2005年9月に放映されている。

福岡雄大先輩

1983年生まれ。
幼い頃からクラッシックバレエを習っていたが、大器としての才能を発揮し始めたのは北陽に入学してから。1年次には「ダンスで外国の舞台に立つ」という夢を既に持っていた。

2001年(2年次)の全国舞踏コンクールジュニアの部で3位、ヘルシンキ国際バレエコンクール・ジュニアの部で2位、翌年このコンクールでグランプリを獲得した。

卒業後、文化庁から海外研修者としてチューリヒに派遣されたが、実力が認められ、2005年の秋には、チューリヒ・バレエに正式入団が決まった。

活躍するOB達
上村大輔先輩

1986年生まれ。
父親がアイススケートのクラブチームの監督をしていた関係で、幼い時からスケートに親しんでいた。

2001年、北陽に入学。1年次から各選手権で優秀な成績をおさめ、3年次には全大阪選手権総合で3年連続1位、JOCで総合1位、セルビア&モンテネグロで開催された世界ジュニア選手権大会では、81名中22位の成績であった。

卒業後は大阪経済大学に進学。現在も全大阪選手権、西日本選手権、オリンピック選考会を兼ねた全日本選手へ向けて調整を行っている。彼がオリンピック選手有力候補の一人であることは間違いない。

杉本宏樹先輩

2000年(平成12年)本校卒
本校では水泳部に所属、卒業後、流通科学大学に進学。大学卒業後トライアスロンを始める(2004年)。

現在はテイケイ株式会社トライアスロン競技部“チームテイケイ”に所属。

これまでの主な戦績
2004年 ジャパンカップ和歌山大会 7位
      ワールドカップ出場
      日本ランキング 10位

2005年 ジャパンカップ七ヶ浜大会 2位
      日本選手権 7位
      ワールドカップ出場
      日本ランキング 7位

2006年 日本スプリント選手権 2位
      ジャパンカップ天草大会 1位
      ワールドカップニュージーランド大会 36位
      日本ランキング 1位

学校法人福武学園 北陽高等学校